今年は、大隅良典先生が、単独でノーベル生理学・医学賞を受賞することになりました。私も、大隅さんのラボがあった愛知県岡崎市の基礎生物学研究所(基生研・きせいけん)で助手をやっていましたので、大隅さんとは同じ建物の中で研究していました。お話を直接したことはありませんでしたが、基生研の建物の中や、大隅さんの自転車での通勤時にも、しばしば、 お見かけしていました。ということで、今回は、世の中で多く報道されていることとは違った観点から、僭越ながらコメントをしてみたいと思います。

過去のインタビュー等のリスト
まず、大隅さんのインタビューや記事で、私も共感することが多い日本の科学研究政策、教育等の現状について触れているものを中心に、リンク先を資料として、まとめておきます。(今後、適宜更新していく予定です。)







  • 2016年12月21日総合科学技術・イノベーション会議(第24回)
    私の研究歴から 基礎科学の振興に向けて−
    一細胞生物研究者の個人的見解 − (PDF形式)

http://www8.cao.go.jp/cstp/siryo/haihui024/siryo3-3.pdf
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今年も神経科学の賞
去年の大村智さんのノーベル賞は、線虫のシナプスの機能を阻害する薬剤の開発ということで、実は、「神経科学」の賞であるということを、去年、書きました。
http://masahitoyamagata.blog.jp/archives/2053972.html

実は、今年の大隅さんの賞も、ノーベル委員会の受賞理由を見ると、最後のところに、神経変性疾患である「パーキンソン病」などの治療に役立つというようなことが書いてある。安倍首相も言っていました。
http://www.asahi.com/articles/ASJB43275JB4UTFK001.html
安倍晋三首相「先生の研究成果はがんやパーキンソン病など難病に苦しむ世界中の人々に希望をあたえる。。」

つまり、今年の賞も、「神経科学」の賞ということなのでしょう。やはり、神経科学は、ノーベル賞の対象になりやすいということなのかもしれません。でも、これは、全く予想外にそうなったということが大切なのだと思います。

「植物学者」の賞
でも、大隅さんは、その所属学会を見ると、日本の生化学会、分子生物学会、細胞生物学会、米国のASCBの他に、日本植物学会、日本植物生理学会ということです。日本植物学会と日本植物生理学会も、それぞれコメントを出しています。

日本植物学会のコメント
http://bsj.or.jp/jpn/members/information/2016.php
日本植物生理学会のコメント
https://jspp.org/prof_ohsumi.html

ノーベル生理学・医学賞の対象者が、「植物」の学会で活躍されていたというのは珍しいという感じがします。大隅さんのインタビュー記事の中にこんな文章がありました。
http://diamond.jp/articles/-/103723
「今回の研究の始まりとなった液胞というものに注目したのは、私が東京大学理学部の植物学教室にいた影響が大きいと思います。液胞はめちゃくちゃ面白いんですよ(笑)。」

生命誌博物館のHP。
http://brh.co.jp/s_library/interview/62/
(以下のリンクはウェッブ魚拓のCacheから)
http://megalodon.jp/2016-1004-2000-58/brh.co.jp/s_library/interview/62/
「エーデルマン研で酵母細胞から核を単離する実験をしていた時、捨てるつもりの上澄み液にきれいに濃縮されているオルガネラ(細胞小器官)の層があることに気づき、顕微鏡で見てそれが液胞だとわかり驚いたことがあったのです。私はもともと顕微鏡観察が好きで、酵母では光学顕微鏡で見ることのできる唯一のオルガネラである液胞を面白そうだと思っていました。」

つまり、オートファジーの場である液胞に注目したのは、植物をよく知っていたからということでしょうか。

バイオ系の研究者のキャリアとして、例えば理学部、農学部などの出身者が、植物の研究を行っています。実際に、こういう学部では、植物の研究が盛んに行なわれているわけです。もちろん、植物が好きで、そういう研究者になりたいということでよいのです。ところが、「植物」を研究対象として選ぶというのは、科学者のキャリアとしては、ノーベル賞を取るのを諦めるというような選択でもありうると思うのです。つまり、ある意味で科学者の人生の一部を捨てるようなイメージさえある。現実に、私の知っているある植物系の研究者の方からは、動物から植物に研究対象を変えようとした時、動物研究の大御所の先生から大きく反対されたなんていう例も聞いたことがあります。

もちろん、トウモロコシの動く遺伝子の研究をしたマクリントック、あるいは光合成関係でノーベル賞がでている(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%89%E5%90%88%E6%88%90)。あるいは、植物から取られたアスピリンの作用のような研究もそういうものなのかもしれません。また、酵母(酵母、キノコを含む菌界は、細胞壁があるので昔は植物に分類されていた)では、今世紀に入って、5人ほどがノーベル賞を受賞しているという記述も見かけました(2001 cell division cycle, 2006 RNA polymerase, 2009 Telomeres, 2013 vesicle traffic, 2016 Autophagy)。でも植物そのものの研究でノーベル賞というのは珍しいし、今回のオートファジーのように動物にも関係しているような普遍的な現象でないと、ノーベル賞の対象となる研究というのは、ほとんどありえないような気がします。

大隅さんは、東大の植物の教室におられた。そういう意味で、植物を研究材料として選ぶような科学者のキャリアとしても、とても示唆的です。植物細胞では、高校の生物の教科書をみると、液胞が発達していると記述されている。液胞というのは、動物細胞だけを見ていたら、あまり印象に残らない。まさに、植物に馴染みがあったから、オートファジーの研究に気づいたということでしょう。

医学部などの出身者ですと、植物というのは、あまり本気で勉強しないと思うのですが、こういうのも、実に興味深いと思いました。つまり、植物を知っている強みが、結果的に医学に役立ったということです。やはり、いろいろなバックグラウンドがある研究者が、いろいろやるということが大切であると思います。

所属機関と混ぜること
アメリカですと、例えば、大規模な大学基金を持つハーバード大学がノーベル賞を受賞しそうな研究をやっているような他大学の研究者を、高報酬などの好条件を提示して、堂々とリクルートするというのをよくやっています。そして、そうやって移籍したハーバード大学所属の研究者がノーベル賞を受賞したということになれば、ニュースなどで報道されてハーバード大学の評価が高まるということになるわけです。

大きな成果を発表する直前に、NAISTから京大に移籍した山中伸弥さんの例もありますが、日本では、これまでこういうのはあまりなかったので、やはりある研究者がいた場合、所属する研究機関とその研究者が単純な形で結びつきやすかった。また、定年退官などで、有力国立大学から他の大学に移っても、移籍先の大学が、小規模の私立大学だったりして、有力大学名誉教授などとして、やはり移籍前の国立大学の名前が表にでてくるというケースが多いと思います。

ところが、今回、大隅さんの所属が、有力大学である東京工業大学ということで、連呼されて、大きく報道される。そして、世間的には東京工業大学の評価や好感度が上がるということになるわけです。

しかし、学術的には、大隅さんの研究の最初の部分は、東京大学で、また、その後の研究は、教授となった岡崎の基礎生物学研究所で発展させたということは大切であると思います。

ノーベル賞委員会の発表では、特に重要な論文として、4報を紹介しています。
http://www.nobelprize.org/nobel_prizes/medicine/laureates/2016/press.html

Takeshige, K., Baba, M., Tsuboi, S., Noda, T. and Ohsumi, Y. (1992). Autophagy in yeast demonstrated with proteinase-deficient mutants and conditions for its induction. Journal of Cell Biology 119, 301-311

Tsukada, M. and Ohsumi, Y. (1993). Isolation and characterization of autophagy-defective mutants of Saccharomyces cervisiae. FEBS Letters 333, 169-174

Mizushima, N., Noda, T., Yoshimori, T., Tanaka, Y., Ishii, T., George, M.D., Klionsky, D.J., Ohsumi, M. and Ohsumi, Y. (1998). A protein conjugation system essential for autophagy. Nature 395, 395-398

Ichimura, Y., Kirisako T., Takao, T., Satomi, Y., Shimonishi, Y., Ishihara, N., Mizushima, N., Tanida, I., Kominami, E., Ohsumi, M., Noda, T. and Ohsumi, Y. (2000). A ubiquitin-like system mediates protein lipidation. Nature, 408, 488-492

この中で、一番大切な最初のJCB(1992)、FEBS letters(1993)の研究が、東大で行われ、発表されたもの。そして、残りの2報(Nature)が、岡崎の基礎生物学研究所で行われたものということです。そして、2006年に日本学士院賞、2008年に朝日賞を受賞されています。

その後、2009年に、基礎生物学研究所を定年退官され(基生研名誉教授)、東工大の特任教授になられております。つまり、主要な研究を東大と基礎生物学研究所で行った後、所属だけが東工大になった。これには、御自宅などの様々な理由があるようですが、やはり、こういう場合、本当に研究を育くみ、研究が実施された場所が、大切に扱われるべきだと思うのです。ところが、日本の場合、東工大に比べて、基礎生物学研究所とか、その大学院組織である「総合研究大学院大学」というのが、一般には知名度がないためか、そういう扱いがほとんどないのです。これは、少し残念なことだと思います。

しばしば、ノーベル賞受賞者には「系譜」があると言われています。大隅さんのメンターは、今年5月に亡くなった日本の生化学の名伯楽の一人である今堀和友博士(1920-2016)、免疫グロブリンの構造研究でノーベル賞を受賞したGerald M. Edelman博士(1929-2014)(後に、動物の細胞接着の研究や神経科学の理論でも活躍)、そして安楽泰宏博士ということですが、こういう方々の影響も大きかったのでしょうか。

報道でも、東京大学の駒場(本郷ではない)キャンパスの話を見かけました。東大は、ノーベル賞の数が多い京大などに比べて、やや影が薄いという印象がありました。もちろん、理学部からは、物理学賞を出したりしていますが、素粒子関係の研究は、金と政治力といった背景のもとで、その代表者が受賞したという感想を持っていました。今回の大隅さんの研究は、東大で萌芽したものとして、そういう文化や背景があったということを印象づけます。

大学などでは、動物学教室と植物学教室というのを、明確に分けたような組織運営がしばしばみられます。ところが、基礎生物学研究所の組織というのは、そういう分け方をしていません。主に動物を材料とする研究室、植物を材料とする研究室、細菌を材料とする研究室、そういうのを一緒の組織に入れてしまう。植物学教室という場所にいれば、必然的に動物は扱いにくくなるでしょう。こういう混ぜるという組織運営の存在も、大隅さんの基礎生物学研究所での研究活動に影響を与えたのかもしれません。



私が思うこと、若者へのメッセージ
1 自分の興味、抱いた瞬間を大切にしよう
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3 はやりを追うことはやめよう
4 競争だけが科学の本質ではない
5 ”役に立つ”とは何かを考えよう
6 人と違うことを恐れずに、自分の道を見極めよう
7 短期的だけでない、長い研究課題を育てよう
8 自分の小さな発見を大事にしよう。論文やあふれる情報からではなく、自然、現象から出発しよう
9 自分の研究の理解者(ファン)を、できるだけ周りに作ろう