わがまま科学者

こちらのサイトに移動しました:http://wagamamakagakusha.hatenablog.com 米国ボストン在住の神経科学研究者のブログです。科学、教育などに関する雑多な私見、主張。1ヶ月に1度程度の更新予定。  Twitter:@yamagatm3   研究者情報:https://about.me/masahito.yamagata/

2018年02月



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MITがAI研究に全力、学部横断で新技術開発へ
https://www.technologyreview.jp/nl/mit-wants-to-build-an-ai-thats-as-smart-as-a-child/
http://iq.mit.edu

米国の大学というのは、学内の共同研究プロジェクトにお金を出して支援することが非常に多いと思います。日本の大学にも、こういうのはあると思うのですが、あまり盛んではないし、あっても何か見かけだけで、本気でやっていないでのではないか、と感じるのです。大きな研究プロジェクトでも、目立ちたい個々の研究者に焦点を当てるような支援はあっても、積極的に共同研究を推進するというタイプの支援はあまりないような印象です。

私は、日本の大学を変える起爆剤として、共同研究を推進するための学内イニシアティブにお金を出すことが大切ではないか、と考えます。それは、学際的な共同研究するということだけでなく、その過程を通じて、学内の「雰囲気」や「政治」を変化させることに役立つことになるのではないか、と思うからです。今回は、特に、以下の3つのタイプの共同研究の大切さについて考えてみたいと思います。

同じ学科の教授同士の共同研究
隣のラボ同士で共同研究していますか?
隣のラボとの共同研究論文を発表したことがありますか?
同じ建物の別のラボで気軽に共同研究できるという雰囲気がありますか?


隣のラボ同士の共同研究といっても、同じ講座の教授と准教授、助教とか、ではなくて、全く独立した関係にあるラボの教授同士の共同研究のことです。例えば、動物の研究しているラボが、細菌の研究しているラボと共同研究する。脳のことを研究しているふだんはライバルラボ同士が共同研究する。こういうタイプの共同研究を推進するべきだと思います。

日本の大学の場合、大学院生同士は仲がよい。ところが、教授同士は仲が悪いということがありませんか?ずっと前ですが、私の場合、教授から、隣のラボと研究の話をするな、と言われたことがありました。すごくラボ同士、講座同士の壁が高いと思います。共同研究した場合、試薬はどちらのラボが支払うのかで、もめたりするので、面倒な共同研究は最初からやらない。教授は自分で取った研究費で買った機器を、他所のラボの研究には絶対使わせない。そして、機器は誰も使っていない。ラボが違うと機器の貸し借りができない雰囲気ってありませんか。こういうのをやっていくと、コアファシリティみたいなものを作ろうという気運もでてくるかもしれません。

最近は、日本でも、米国の研究大学でよくあるラボ運営の真似をして、複数のラボ単位を同じ大部屋に入れるというような試みもあると思います。ところが、同じ部屋に入れると、逆に壁を作りたくなることもあるので注意が必要だと思います。私の場合、大きな部屋に入れられると、気が散って集中できなくなるので、逆に他の人と話したくなくなるという傾向がでてきてしまうのです。話を聞いてみると、日本人の特徴として、こういう傾向があるのではないか。外国で流行っているからといって、必ずしも日本人向きではないのかもしれません。
       books

同じ学部の違う学科の教授同士の共同研究
わりと近い学問領域で違う学科の教授のラボが共同研究する。例えば、生物学科と数学科の教授が共同研究する。これは、もっとやるべきです。

日本の大学の場合、こういうのが、何か学内の「政治」みたいなことに結びつきやすくて、非常にやりにくいということがありませんか?これが問題だと思います。学内の政治が気になって、共同研究ができない。日本の大学の悪い雰囲気だと思います(教授会に政治力があるからでしょうか。教授会が力を失えばこれはなくなってくるはずです)。こういう学内政治って何なのでしょうか?こういうのを崩壊させるためにも、アンチ政治的な共同研究というのは推進するべきなのだと思います。
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同じ大学の違う学部の教授同士の共同研究
医学部と工学部の教授が本気で共同研究する。農学部と薬学部の教授が本気で共同研究する。文学部と理学部の教授が本気で共同研究する。

この「本気」というのが大切なのです。日本の場合、共同研究をやっているような雰囲気や書類をつくって、あたかも共同研究に見せかける偽装をするというのがよくあります。報告書作りのために、ギフトオーサーみたいな感じで、論文に名前を入れるだけ。こういうのではなくて、「本気」で共同研究を行う必要があるのではないでしょうか。

こういう共同研究では、異なるディシプリン同士が全く対等な立場であることが大切です。一方のディシプリンが偉ぶった態度を取ったりしない、ということでしょう。学術的にこのディシプリンの方が偉いんだ、という態度を取るのではなく、本気で共同研究する。大切だと思います。
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科研費などの一部では、違う大学の教授同士の共同研究というのを促していると思うのですが、これも学際的研究を進める一つの方法ではあります。しかし、こういうのが全国規模での排他的な既得権益みたいなものに進化したりする。そして、大学内の雰囲気改善には、全く役立たないでしょう。必要なのは、もっと戦略的な大学間の共同研究ということだと思うのですが。。

また、最近は、日本の研究の存在感を向上させるために、国際的な共同研究が必要だと言う。Skypeで、海外のラボといつもつながることができる時代です。まず、その前に、身近なところから、共同研究を始めることが大切だと思います。

まとめると、日本の大学の学長や執行部は、個々のラボや教授に対して金銭的な支援をするというのではなく、学内の様々な形の共同研究を推進するための支援、共同研究を阻害しているバリアの除去にもっと力を入れるべきではないでしょうか。

金やポストがないと、人々の心はすさび、裏でコソコソと、金やポストを奪う策略を考えたりして、人々や部局の間に陰険で陰湿な関係ができたりする。そういう時だからこそ、共同研究が大切だと思います。繰り返しますが、金を取るために偽装するというのはダメで、本気でやらないと意味がないです。

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