「私は教室の若い人に優れた研究者になるための6つの「C」を説いている。すなわち、好奇心 (curiosity) を大切にして、勇気(courage)を持って困難な問題に挑戦すること(challenge)。必ずできるという自信(confidence)を持って、全精力を集中(concentration)し、そして諦めずに継続すること(continuation)。その中でも最も重要なのは、curiosity, challenge, continuation の3Cである。これが凡人でも優れた独創的と言われる研究を仕上げるための要素であると私は考える。」
( 「独創的研究への近道:オンリーワンをめざせ」本庶佑 )

http://www2.mfour.med.kyoto-u.ac.jp/essay02.html


優れた科学研究は健全な精神から
3月末に出版されたNature Index 2017というネイチャー付録冊子の日本の科学研究が失速しているという記事についての反応というのが、いろいろな人からでています。
「 日本の科学研究はこの10年間で失速していて、科学界のエリートとしての地位が脅かされていることが、Nature Index 2017日本版から明らかに」
http://www.natureindex.com/supplements/nature-index-2017-japan/
http://www.natureasia.com/ja-jp/info/press-releases/detail/8622

kamome@goeland_argenteさん。


柳田充弘さん(2011年文化勲章) @mitsuhiroyana‏


確かに、 優雅な暮らしをして、のんびりやるというのは、多くの科学研究者の夢かもしれませんね。でも、科学研究者には、挫折もあれば、競争もある。いろいろあります。ストレスがたまります。

この2人の方の感想に共通するのは、科学研究者のメンタルな部分、ムード的なことの指摘なのだと思います。このメンタル、ムードというのは、なかなか理解されない。でも、科学研究というのが、研究者のメンタルな状態と密接に関係しているというのは、科学研究に関わった人ならわかると思います。

ところが、研究というのを、例えば、工場でマニュアル通りに製品を作ったりするような仕事のように捉えてしまうと、効率を求めたり、無駄を省く、間違いをしないということばかりを考えるようになってしまう。そして、PDCA( Plan(計画)、Do(実行)、 Check(評価)、 Act(改善))ということばかり気にするようになって 、メンタルな部分の自由さがなくなるわけです。

もちろん、私も、研究者のプロフェッショナリズムということも大切なので、こういうことを否定するわけではないですが、社会の大部分の人や日本の官僚(文科省、財務省など)や政治家、そして一部の研究者というのは、こういうことばかりを言っていて、科学研究のメンタルな部分についての理解が不足している、という印象があるのです。そして、実は、ここに、日本の科学研究政策、更には大学、研究所などの運営などについての、本質的な問題があるような気がするのです。

今回は、研究者が優れた研究をするために、健全な精神が必要であるという当たり前なことを、議論してみたいと思います。


メンタルな危機
芸術家、音楽家、思想家ですと、精神的あるいは身体的に危険な状態のなかで、優れた作品というのが生まれることがある。 モーツアルト、ベートーベン、シューマン、ベルリオーズ、ゴッホ、ニーチェ。。 でも、 生死をさまような状況や精神疾患のような状態で、科学的な大発見をしたなんていうのは、あまりないような気がします(サヴァン症候群のような例は別)。もちろん、全くないとはいえないでしょうが、しかし、これが、しばしば共通点も多いと言われる芸術と科学の大きな違いかもしれません。

最近の「SCIENCE」誌にオランダの大学院生について、精神的な状態の問題を調査した結果を発表した論文の紹介がでていました。半数の院生が精神的な困難さを体験した。3人に1人が精神疾患になる危険性がある。ということです。
http://www.sciencemag.org/careers/2017/04/phd-students-face-significant-mental-health-challenges

元論文:Work organization and mental health problems in PhD students
http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0048733317300422

おそらく、日本でも、米国でも、似たようなものだという印象があります。 それは、アカハラ、パワハラとか、そういう変なことでなくても、研究生活の中で、そういう状態になるということであると思います。また、院生だけでなく、学部生、ポスドク、あるいは若手の研究者にいたるまで、こういう状況というのはあるのではないでしょうか。

米国の主要な大学ですと、学内にクリニックを持っていて、もちろん、メンタルヘルスには多くの精神科の医師などがいたりしますので、そういう部分はかなり充実している。でも、ハーバードの場合など、こういうのが変なように利用されるということもあったりもするようですが。。
Researcher Challenges Court-Ordered Separation from Grad Student
http://www.thecrimson.com/article/2017/1/23/german-rubin-lab-lawsuit/

一般に、院生の体験するようなストレスというのは、「うつDepression」と関係するものであると思います。もちろん、他の精神疾患についても、そういうストレスの中で発症しやすくなっているということもあるかもしれません。予防、治療が大切なのは、当たり前であると思います。


怠けてる。逃げてる。心が弱い。
「うつ」というと、昔は、「 怠けてる。逃げてる。心が弱い。」というような見方をする人が多かったものです。最近は世間一般の見方も進歩してきているとは思います。

驚くのは、神経科学(脳科学)を専門にしている 研究者であっても、いまだに、そのような態度を取る研究者がいるという実態があるということです。こういう神経科学研究者は、一般人のうつ病については、進歩的な見解を示すふりをするのに、例えば研究者仲間や自分のラボのメンバーのこういうメンタルな問題については、一方的にメンタルなものを強調して励ましたり、バカにするというような態度を取る科学者がいます。究極は、うつ病は防衛本能 だという脳科学の仮説を持ち出して、こういう状態になっている院生や研究者を攻撃するような神経科学者がいることです。いわんや、「脳」 に馴染みのない科学研究者の「うつ」についての考え方というのもかなり醜いものがあると思います。

私は、神経科学、脳科学を研究する人(特に偉い人)が、自分たちの仲間(あるいはライバル?)である神経科学者をうつ状態に追い込んで、潰すということを平気でやっているということを見たり、体験したりしてきました。理研BSIなどでも、こういう話はよく聞きます。大学院では、院生をうつにしてしまう指導とか。そもそも神経科学や脳科学の目的というのは、どこにあるのか?ということだと思います。

日本神経科学学会のホームページから
「日本神経科学学会は、脳・神経系に関する基礎、臨床及び応用研究を推進し、その成果を社会に還元、ひいては人類の福祉や文化の向上に貢献すべく、神経科学研究者が結集した学術団体です。」
http://www.jnss.org/whats/

理研BSIのホームページから
「現代社会に深刻な影を投げかけているアルツハイマー病や精神疾患といった脳機能障害に対してその根本的な原因を解明することは我々の責務です。さらに、BSIで得られた基礎研究の成果を中長期的な視野で社会につなげることを重視し、産業界との連携にも取り組んでいます。」http://www.brain.riken.jp/jp/about/

こういうことであるのに、本来、脳研究を通じて社会に貢献しなければならない神経科学者が、神経科学者の仲間をうつにしてしまうというようなことは、とても変だと思うわけです。


うつは、研究者と研究を潰す
精神疾患の診断 マニュアルであるDSM-5では、うつ病の症状を9点挙げ、それを一定数以上満たせばうつ病の診断基準を満たすとしています。

1.抑うつ気分
2.興味・喜びの著しい減退
3.著しい体重減少・増加(1か月で5%以上)、あるいはほとんど毎日の食欲の減退・増加
4.ほとんど毎日の不眠または睡眠過剰
5.ほとんど毎日の精神運動性の焦燥または制止
6.ほとんど毎日の疲労感または気力の減退
7.ほとんど毎日の無価値観、罪責感
8.思考力や集中力の減退、または決断困難がほとんど毎日認められる
9.死についての反復思考


興味、喜びというのは、研究に必要な「好奇心」に関わっている。疲れていたら研究はできないし、思考力や集中力、決断、どれも研究のプロダクティビティに関わる重要な事項だと思います。うつ病、あるいはそれに近い状態では、研究能力が低下するというのは、明らかでしょう。つまり、良い研究をするためには、まず、こういううつ病の症状にならないようにすることが大切です。

こういう理由で、研究のプロダクティビティが落ちたところで、そういう院生や研究者には能力がないのか?ということを考えてみるわけです。 例えば、能力があるはずであった院生や研究者が、うつ病になったら、数年論文がでないからといって、研究者のキャリアを潰して抹殺してしまってよいものなのか?治療できれば、また創造的な研究を行うようになるかもしれないのではないでしょうか?

そして、日本でも、大学や研究所には、研究者や院生などのメンタルヘルスを、もっと重要視した方がよいのではないでしょうか。 一番大切なのは、教育や科学研究者がこういう問題について、理解するということであると思うのです。(米国においては、メンタルヘルスが充実していると思いますが、結局、SSRIの処方で何とかさせ、根本的な問題には取り組まないということがありますが)。


研究者のストレスと科学研究政策
研究者とメンタルということで言えば、もっと問題なのは、職業、働き場の「不安定性」ということなのだと思います。

安定したポストが見つからない。不安定なポストで食いつなぐ。ポスドク。非常勤。任期制。特任ポスト。。。

こういうのが、不安定性ということなのだと思いますが。。そして、不安定というだけでなく、不安ということがある。

いつ癌や難病になるかもわからない。。

こういう不安さがあると、人によっては、やはり挑戦的なことはできなくなる。守りにはいるような生き方、そして守りにはいったような研究ばかりを行うようになるわけです。ぎりぎり安全性を狙ったような研究を行う。

おそらく、日本の社会も高福祉にして、老後の心配は要らないということになれば、失敗を恐れず挑戦もできるという理想的な研究環境になるのかもしれません。。

私が思うのは、最近の科学研究政策とか、大学の政策とか、そういうものが、表層的な経済的な側面、つまり損得みたいなことばかりを考えて、実施されているということです。そして、研究者のメンタルな部分ということについての考慮にかけていると思うわけです。

この一つの原因は、文科省や財務省の官僚みたいな人が、非常に機械的な考え方をしているということに原因がある。一方で、学者の方も、成功した偉い人が、自分だけの体験とか、非常に個人的な狭い考えや経験で、全体を見ることなく、思いつきで施策のアイデアを出したりしているということもあるかもしれません。そして、そういう思いつきの施策に、常に見かけだけ新しいアイデアを探している官僚が乗りやすい。ある社会の決まりや仕組みがあるのは、何らかの理由があるからで、それに気づかず仕組みだけを表面的に変えてしまうと、その抑えていた理由を表に出してしまう、ということが起こることにもっと気づくべきでしょう。簡単にいえば、こういう偉い人というのは、思慮が浅いということです。

岸本忠三さんのアイデアが、大学教員の任期制みたいな施策になったということはよく知られています。岸本さんご本人も、やや後悔の念があるということでした。

競争原理「ひずみ」懸念 岸本忠三・大阪大学特任教授
「10年ほど前、政府の総合科学技術会議の議員を務め、任期制や成果主義などの競争原理を導入し、大学の運営費交付金を減らして競争的研究資金を増やすよう主張した。大学の教員が何もしなくても定年までいられるのはおかしいと考えたからだが、今は「本当に正しかったのかな」と思っている。」
http://mainichi.jp/articles/20150724/org/00m/070/013000c


科学研究で不幸になる
研究とは直接関係ないのですが、少し前に見て気になった記事。将棋の世界も、やはり競争が厳しく、ごく一部だけがプロとなって生き残る厳しい世界です。

将棋で不幸になってほしくない
http://news.yahoo.co.jp/feature/519
「「僕はプロになった子より途中で辞めた子の方が気になりますね。辞めた子の方に大きな責任を感じますから。曲がった道に進まないか、3年は目を離さないようにしています。だから毎年必ず自宅に呼ぶ。将棋と出会って不幸になってほしくない」」

研究業界でも、大学院を出て、博士を取っても、研究者になれなかった人もいるでしょう。私のように、一生、ラボを持つことなく、死んでいく人もいる。自分の限界を知り、業界から去っていく人もいる。

もちろん、生活が幸福なら、それはそれで諦めもつくでしょう。でも、生活も不幸で、研究者としてもダメだという人も多い。少なくとも、「先生」なるものは、自分の弟子が、研究者になっても、ならなくても、こういう気持ちで人の人生に接するという誠実な態度というのが必要であると、私は思います。

研究者には時間がない。自分のことだけを考えていればよい。そういう人も多いと思いますが。。やはり、「科学研究で不幸になってほしくない」と思います。


最後に
日本経済新聞にでていた生理研の岡田泰伸先生の寄稿記事の一部を紹介したいと思います。

学術振興こそ日本を繁栄させる
総合研究大学院大学学長 岡田泰伸
http://www.nikkei.com/article/DGKKZO14451620U7A320C1KE8000/
ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーーーーーーー
2000年以降に17人の日本人がノーベル賞を受賞したことで、我が国の学術研究力の高さが誇れる状態にあると人々は誤解している。これらの成果はあくまで20〜40年前に得られたものだ。

日本の人口当たり論文数の世界順位は2000年以前の15〜16位から13年には37位に転落した。台湾や韓国だけでなく、クロアチア、セルビア、リトアニアといった東欧諸国にも抜かれた。日本の研究力は00〜03年をピークに低下し、現状は無残ともいえる状況にある。

その中核的原因は予算の減額だ。国立大学法人運営費交付金は04年度から毎年1%減額され、その影響は若手教員と基盤的研究費に顕著に表れた。10年前は若手教員の約63%が任期なしだったが、今や約65%が任期付きになった。不安定な処遇を目の当たりにして博士課程への入学者数は04年度比で約19%も減った。

教員は研究費獲得のための外部資金の申請や成果報告に追われ、落ち着いて研究することが困難な状況に置かれた。こうした中で20世紀にはほとんどなかった研究不正が多発し始めた。黒木登志夫博士(前岐阜大学長)によると、研究不正や誤った実験などによる撤回論文数の多い研究者ワースト10に日本人が2人、ワースト30には5人が入っていて、国別の論文撤回率で日本は5位にランクしている。

ー引用終わりーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

要するに、研究者や大学院生の「メンタル」な部分への影響が原因であると言っているのであると思います。

冒頭の本庶先生の「好奇心 (curiosity) を大切にして、勇気(courage)を持って困難な問題に挑戦すること(challenge)。」を、研究者、特に若い人達が、実行し、良い研究をするには、どのような社会が望ましいか。是非、議論して欲しいと思います。もしかしたら、日本の研究者は現在、多くの人がうつに近い状態になっていて、こういう研究者や院生のメンタルヘルスの問題に真剣に取り組めば、日本の論文数というのも増加するかもしれません。

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karoushi_hakui_man