わがまま科学者

米国ボストン在住の神経科学研究者のブログです。科学、教育などに関する雑多な私見、主張。1ヶ月に1度程度の更新予定。Twitter:@yamagatm3   研究者情報:https://about.me/masahito.yamagata/

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日本国内では、研究者リクルートに関して、コネを利用した人事や、偽装公募、出来レースなど、不透明で不誠実な行為が広く行われています。4月16日の理研CDB副センター長である笹井芳樹氏の記者会見の後、CDBにおける人事の疑問点について、Twitterの方で指摘させていただきました(https://twitter.com/yamagatm3の4/16のツイート参考)。

日本の大学や研究機関における研究者人事において、このような奇妙なことは日常茶飯事であると私は思います。一般論として、なぜ、こうした人をだましたり、隠しごとをするといった不誠実な手法が、研究者リクルートといった組織の運営において行われなければならないのか。なぜ、透明性、公開性のあるリクルートを広く行うことができないのか。これは、日本の学術界、大学や研究所の運営における大きな構造的な問題であると思います。理研CDBにおける問題は、組織におけるガバナンスにも関わっていることから、「科学研究」的な事項とは全く別のこととして、今後、解明、詳細が報告されるべきことであると私は思います。

また、理研BSIのチームリーダーであったThomas Knopfel氏(現、Imperial College London)が、Science誌ウェッブサイトのコメント欄において、理研BSIでの経験を記述していました。その内容は以下です(その後、削除されたようで、現在はScienceのウェッブサイトには残っていません。以下は、4月10日に記録したWeb魚拓のものです。)
http://megalodon.jp/2014-0410-0655-07/comments.sciencemag.org/content/10.1126/science.343.6177.1299

ジャパンタイムズにもKnopfel氏のインタヴューの内容が掲載されています(後半の部分です)。
http://www.japantimes.co.jp/news/2014/04/20/national/stapgate-shows-japan-must-get-back-to-basics-in-science/

テレビインタヴュー:ドイツ人教授「理研は“STAP”以前も改ざんあった」(04/17)
http://news.tv-asahi.co.jp/news_international/articles/000025285.html

理研は、Knopfel氏の理研BSIにおけるこのような体験についても、その真偽に関わらず、調査し報告するべきであると、私は思います。指摘されることに対して、調査も報告もないというのは、まさに握りつぶしであると判断されることです。

そこで、こういったケースにおいて、どのような調査を行い、報告するか、というのが重要になってきます。ここでは、海外の一流研究機関が、内部の問題にどのような調査を行い、どのような報告書を作製するか、という1つの例を紹介したいと思います。2006年になりますが、理研BSIの現センター長である利根川進氏(MIT)が関わった日本ではあまり報道されなかったのに世界的には広く報道された問題です。この問題について、MITが作製した報告書を一番下にダウンロードできるようにしておきます。組織の中で起きた運営上の問題について、どのように報告するか。利益相反関係などの扱いに注目していただきたいと思います。

「2006年:MIT内の他研究所の教官公募に際して、研究内容が競合しているという理由により、女性研究者に辞退を迫るメールを出したことが問題視され告発された。MITの内部調査は、不適切な内容を認めつつも女性差別の証拠はなかったと報告している。2006年を最後に、ピカウア学習・記憶研究センター所長の職を辞している。」(ウィキペディアより引用)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%88%A9%E6%A0%B9%E5%B7%9D%E9%80%B2

問題の概要と報告書について伝えるネイチャー(ボストン)のブログ
Scathing report about MIT neuroscience released today
http://blogs.nature.com/boston/2006/11/02/scathing-report-about-mit-neuroscience-released-today

これが、MIT内部調査の報告書です。
MITにおける女性研究者リクルート問題の報告書(Pdfファイル)

2014年1月から3月まで、日経バイオテクに「脳科学の未来」と題する連載記事を寄稿させていただきました。以下が個々の記事です。お問い合わせは、こちらまで。
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日経バイオテクには、アカデミック版というのがあって、大学(ac.jp)、政府機関(go.jp)のドメインに所属されている場合は、安価で記事が読めるプランがあるということです。
http://nbt.nikkeibp.co.jp/bio/bta/
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新春展望2014、脳科学の未来とビジネスチャンス:米国の脳研究プロジェクト
https://bio.nikkeibp.co.jp/article/news/20131224/173054/

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コネクトームへの挑戦 (1) コネクトームとは何か
https://bio.nikkeibp.co.jp/article/news/20140106/173196/

コネクトームへの挑戦 (2) コネクトームのパイオニア達
https://bio.nikkeibp.co.jp/article/news/20140106/173197/

コネクトームへの挑戦 (3) コネクトミクス
https://bio.nikkeibp.co.jp/article/news/20140106/173198/

コネクトームへの挑戦 (4) ヒトの脳の難しさ
https://bio.nikkeibp.co.jp/article/news/20140129/173594/

コネクトームへの挑戦 (5) ゲノム研究でも使われたセンチュウを活⽤
https://bio.nikkeibp.co.jp/article/news/20140129/173595/

コネクトームへの挑戦 (6) アプローチ可能な脳:網膜の世界
https://bio.nikkeibp.co.jp/article/news/20140129/173596/

BRAIN Initiativeを読み解く(1)潤沢な⺠間財団資⾦
https://bio.nikkeibp.co.jp/article/news/20140207/173960/

BRAIN Initiativeを読み解く(2)Sequester問題、軍事研究
https://bio.nikkeibp.co.jp/article/news/20140207/173961/

研究体制について
https://bio.nikkeibp.co.jp/article/news/20140207/173962/

機能的脳マップへの挑戦(1)神経活動を見る
https://bio.nikkeibp.co.jp/article/news/20140225/174370/

機能的脳マップへの挑戦(2)Brain Activity Mapプロジェクト
https://bio.nikkeibp.co.jp/article/news/20140225/174371/

機能的脳マップへの挑戦(3)ヒトコネクトームプロジェクト
https://bio.nikkeibp.co.jp/article/news/20140225/174372/

ビッグデータ(1)ビッグデータの時代
https://bio.nikkeibp.co.jp/article/news/20140310/174674/

ビッグデータ(2)脳科学データリソースの充実
https://bio.nikkeibp.co.jp/article/news/20140310/174675/

ビッグデータ(3)データ共有の時代
https://bio.nikkeibp.co.jp/article/news/20140310/174676/

7つのチャレンジ(1)曖昧な目標と不十分な方法論
https://bio.nikkeibp.co.jp/article/news/20140326/175032/

7つのチャレンジ(2)巨大プロジェクトの説得
https://bio.nikkeibp.co.jp/article/news/20140326/175033/

今が大きな転換期
https://bio.nikkeibp.co.jp/article/news/20140326/175034/
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STAP問題の社会、経済、政治を巻き込んでの、混乱。これが問題であるというのは、間違いありません。「研究者倫理の問題」と「STAP現象が本当にあるのかという科学的関心」という2点が本質的に重要な問題です。更に、これらについての理研の対応、理研の広報を始めとするコンプライアンスとガバナンスの問題、ジャーナルを通じた科学研究発表のあり方、科学者コミュニティのあり方、そしてそれに過剰に反応する社会など、様々な問題が噴出してしまったという感があります。

ただ、米国からですと、日本の状況は、ほとんど目にすることもないので、幹細胞の研究者など、一部の研究者以外には、そんなに大騒ぎするような問題ではないと思います。これで、例えば、「日本の科学技術の信頼が問われている」とか、「大学院教育が信用されなくなっている」とか、そんなことはないでしょう。日本の過去の研究は、このような1つの問題で、すべてがなくなってしまう、なんていう浅い評価を受けているものではないです。私が、米国から日本の状況を見ていて感じるのは、この問題のかなりの部分は、論文の書き方や広報のあり方を含めた「過剰宣伝」にあったのではないか、ということです。

研究者倫理の問題の究明には、やはりメンタルケアも考慮した人権問題というのも大切です。STAP現象が本当にあるのかという科学的検証に関しては、細胞や動物の増殖速度、解析スピードというのが、政治家の決断のように即断できるスケジュールのものではないわけです。培養細胞が倍に増えるのは、半日から1日以上必要である。マウスの妊娠期間が21日、大人になるのが生まれてから40日後というようなスケジュールですと、実験材料を集めるのにも時間がかかる。即断で短期間に白黒つけることはできないわけです。政治や組織の都合と、こういう研究に要する時間的感覚というのは一致するものではないでしょう。

こういう状況の中、情報不足やデマ的な情報から、様々な混乱が生じています。メディア報道の中にもデマがあるという状況です。ただ、このような事態において、一点、指摘しておきたいことがあります。世の常として、悪いものは容易に目につくが、過去における良いものは目につきにくいということです。つまり、こういう混乱の中で、CDBだけの運営に問題があったとか、そういう議論になるのは、何だか奇妙だと、私は感じています。もちろん、過剰宣伝に関わった副センター長などの責任問題は、理研が、どういう形で対応するのかわかりませんが、研究者コミュニティや世間が十分納得できるような形になることは大切だと思います。根本的な原因を考えれば、真偽はともかく研究成果の売り込み過ぎ、ヤラセや演出などを含めて過剰宣伝せざるを得ないような切迫した状況があったということが、もっと理解されるべきでしょう。私は、研究費、人事などの運営、科学研究の政策誘導にあたって、ヤラセ、演出といった不誠実な行為が様々な場面で日常的に行われていることが、日本の科学研究体制における構造的な問題であると思います。いずれにしても、科学研究とは、過去を振り返り「こうすればよかった」と後悔してばかりいるものとは違う。もちろん反省も大切ですが、それ以上に前向きに創造的な研究をすることが最大のプライオリティであるべきだと思います。このことを忘れず、問題を解決するべきだと思います。

ここで、理化学研究所 発生・再生科学総合研究センター(理研CDB)の設立の経緯について、触れておきたいと思います。戦前から長い歴史のある理研は、戦後、和光の研究所が主に研究を主導してきました。ところが、1990年代の中頃になると、バイオ系では、脳を研究するために設立された脳科学総合研究センター(理研BSI)を皮切りに(正式には、1997年)、本所だけなく各地に、その分野で主導的な役割をする大きな予算規模を持つセンターがいくつか設置されたわけです。BSIができたのは、伊藤正男さんが、当時、日本の学術界のトップにあったのと、米国のDecade of the Brainを真似た「脳の世紀」というスローガンのもとで、東京近辺に作るというのが官僚や政府を説得しやすかったのでしょう。そもそも1990年代の中頃というのは、再生医療なんていう言葉はなかったです。発生、再生なんていうのは、マイナーな分野でした。ゲノムはまだ本当にシーケンシングできるのか、という懐疑論が多かった時代。ですから、脳の研究所BSIができたのです。

CDBの設立は、BSIがモデルだったと思います。岡田節人さんあたりが、そういうものを考えて推進し始めた時に、神戸の地震からの復興、21世紀になるという状況で、政府のミレニアム・プロジェクトの1つとして設立されたわけです(正式には、2000年)。当初は、再生医療というより、複雑系としての発生生物学なんていうとても難しい言葉が設立の理由にあったりしたと思います。それでも、幹細胞とか、再生医療などというような分野が、世界的に盛んになる前に、いち早く、日本に、このような研究施設を設立したというのは、卓見であったと思います。

一方で、先行して設立されたBSIというのは、その立ち上げに大きく関与したグループリーダーという管理者的な研究者が、自分のラボ出身者を優先的にチームリーダーにするというコネ人事を実施したわけです。更に、東大などにもラボを持っていて、BSIに2つ目の稼働ラボを持つという、これもまたやり放題とも言えるような状況にしたわけです。こういうラボを複数持って、規模だけを大きくし、ポスドク、大学院生、技術員などを多く抱えれば、沢山の論文が発表され、研究が盛んになっているように見えます。BSIと東大で2重発表すれば、どちらの機関にとっても、業績が増える。報道発表が増えて、年度末の報告書が厚くなる。ですから、官僚や事務関係などの受けはよく、研究費が更に増えるというような拡大のサイクルに入ったのです。もちろん、こういうやり方やあり方に、疑問を感じる研究者も、東大を始めとして全国に多数いました。有利になるのは、その関係者だけになったわけですから、おそらく、こういう状態を見てハッピーに感じていたのは、このグループの内部にいる構成員だけだったのではないか、と思います。更に、こういう大きなグループになっても、研究代表者は一人というような状態では、十分な研究管理ができないのではないか、という指摘もあったわけです。そして、BSIの場合、遺伝子スパイ事件など、大きく報道されて世の中に見える形ででてきたスキャンダルもあれば、センター関係者は知っているのに、世の中にはほとんどでてこなかったスキャンダルもあったりするわけです。ちなみに、BSIは、今回、学位論文の審査体制など別の問題が明るみにでている早稲田大学とも連携しています。このBSIと早稲田大学の連携体制のあり方についても、関係者の間では、疑問の声が上がっているのです。研究体制の構造的な問題ということを議論するなら、BSIこそ、大きな欠陥があるのではないでしょうか。

京大関係者の主導でできたCDBの運営というのは、基本的には、BSIのこうした運営に対する反感があったのではないでしょうか。CDBでは、センター長やグループリーダーのラボ出身者は内部にラボを持たせない(もちろん、一部の人事は、コネ人事だという判断も可能ではあったが)。そして、京大などの大学のポストは、客員という形で大学院生のリクルートの目的で残すが、京大で稼働しているラボは物理的に消滅させる。つまり、BSIのグループリーダーがやっていたことをやらない、ということがとても重要なことだったのです。例えば、京大再生医科学研究所の笹井芳樹教授が京大のラボを完全に閉めて、その同じポスト(再生誘導分野)の後任にNAIST教授だった山中伸弥さんが着任したというのは、こういう理由によるのでしょう。

その結果、CDBは、今回の問題の前には、研究者コミュニティでは、いくつかある理研のセンターの中では、運営が高く評価され、クリーンなイメージがあったのです。そして、スキャンダルというものがないという、そういうクリーンなイメージがあったからこそ、皮肉にも今回の当初の過剰宣伝に成功したというところはあると思うのです。そして、コネのない若手研究者に自由に挑戦、活躍の場を与えるとか、男女共同参画とか、そういう形で、派手ではないものの着実に成功している例は多くあるわけです。今回の問題を契機に、CDBの伝統とも言えるこういうあり方が科学研究を実施する上で危険であるとか、問題があるとか、見直して止める必要があるとか、そういう議論になってしまうとしたら、とても残念なことです。この点に関しての問題は、あくまで個人の問題として分析されるべきです。例えば、今回の問題のロールモデルとしての「若手」「女性」「経歴がメジャーでない」というようなイメージを想起させる研究者のリクルート、つまりポジティブ・アクションとか、米国流に言えばアファーマティブ・アクションに極めて慎重になってしまうという結果になるとしたら、それは残念であると思います。ひいては、日本国内の研究者人事のあり方にも影響を与えかねません。「老人」「男性」「経歴が主流派」ばかりになったら、日本の研究環境の多様性は失われ、昔に戻ったようになってしまいます。

大切なのは、人事の問題とか、運営の問題とか、そういう点でCDBに問題ありとするのなら、それは理研全体の問題であり(例えば、官僚的な運営を含めて)、コネ人事では他のセンターの方が問題であるのに、それに目を向けずに、CDBだけが悪いという形になるのは、私としては違和感があるのです。

研究問題というと、通常、制度や仕組みの問題を議論するということになると思います。このようなことは、他の方が大いに議論されると思いますし、共通する意見や提案が多くでてくるでしょう。しかし、一般論としてですが、制度や仕組みの問題というのは、実は日本で研究活動を行う上で、それほど深刻な問題ではないのではないか。つまり、これまでの制度や仕組みの中でも、実際に多くの研究がなされ、多くの研究者が利用し、それほど困ったという声がなかったものばかりなのです。我慢したり工夫すれば、何とかやっていけるというものがほとんどではないか。本当に深刻な問題だったら、変わります。多くの人がそういう方向で動くでしょう。例えば、殺人は真に深刻な問題だから、大きな罪になるというルールができたのです。

今回、私はこれらとは違った観点から、日本の研究費、そして科学研究推進において極めて深刻であるにも関わらず、多くの人に気づかれていない、あるいはタブーとされてきた問題点について、論じてみたいと思います。簡単に言うと、日本での研究活動がやりにくいという問題のかなりの部分というのは、制度や仕組みの問題ではなくて、実はリーダシップを取る研究者のそれぞれの「個人」の意識、倫理観、知識の欠如から生じているのではないか、ということです。そして、そちらの方が想像以上に深刻なのではなかろうか、という問題提起であります。

まず、その前に、私自身について、ごく簡単に自己紹介させていただきます。私は、現在、50才を過ぎた神経科学分野のポスドクです。業績がないから、そうなったのだろう、というご意見があるか、と思います。でも、神経科学の分野では世界で最も有名な教科書に、日本人としては最も数多く研究が紹介されたり、名前が掲載されたりしています。しかし、日本で職を探そうとすると、明らかな妨害工作を受け、見つけることができませんでした。このこと自体が奇妙なことであると思うのですが、経緯を考えると、やはり日本での科学者コミュニティからのパワーハラスメントにあったということです。つまり、日本の科学者コミュニティの仕業でキャリアが潰れてしまったということです。そして、このような人というのは、過去においても現在においても結構多数いるのではないか。戦う意欲のない人達は、日本から逃げて、海外でキャリアを求めたりする。現実に海外で名を馳せた研究者の中には、日本で職が見つからなかったからという消極的な理由で海外でキャリアを確立した方も多いでしょう。一方で、私のように消えていく研究者や最後まで戦おうとする人もいます。これは深刻な問題です。日本の中で研究者としてやっていけるか、やっていけないという死活問題に関わるのですから。同時に、日本の科学研究の発展にとっても、真のイノベーションを生む研究環境、グローバルな視点、異分野間での交流、若手研究者育成などの観点から、極めて深刻な問題であると私は考えます。

おそらく研究者の皆様も気づいていると思いますが、俗に「コネ」と呼ばれるものがあります。科学研究費、組織運営、人事などの点について、この「コネ」というものが多くあると思います。そして、日本の科学研究のあり方を大きく歪めているのではないか、というのは多くの人が実はそれとなく気づいています。「コネ」を利用している人も、そのことを知っているから積極的に「コネ」を利用するわけです。一方、「コネ」がない人は、こういう点について、大きな不満があるわけです。

こういう「コネ」というのは、結局のところ、Conflicts of Interests(相反利益)が排除できない、倫理観に問題があるということを意味しています。この倫理観というのは、研究者それぞれについて、様々な認識があります。制度や仕組みでコントロールされているものではなくて、端的に言えば、リーダーシップを持つ研究者の個人的な行動とか、感情とか、そういう制度や仕組みを超越したレベルで支配されているということです。こういう感情の中には、研究の評価も含まれたりするわけです。例えば、自分の弟子だから、研究の評価も高いなどという、科学的でない論理が横行しています。科学的根拠や決まりより、個々人の感情に支配されるような研究費運用などというのがありうるのでしょうか。人事などでも、科学的な論理より、個々人の感情に基づく運用が随所で見られます。例えば、ある研究所では、本来ならいろいろな分野から、いろいろな多様なバックグラウンドを持った人をリクルートするべきであるはずなのに、実際は部長クラス、研究所長クラスの研究者の関係者ばかりが「コネ」でリクルートされているとか、そういうのは枚挙に暇がないでしょう。更に問題を複雑化しているのは、こういうのは、それぞれの大学や研究所の中だけで見られるだけでなく、日本の科学者全体が一つのコミュニティを形成していて、その中で、同様な現象が見られるということです。一方においては、それぞれの大学や研究所の自治などというもっともらしい理由で、そういう行為の苦し紛れの正当化がなされているわけです。

科学的根拠に基づかず、「コネ」を含めた感情で運用するような研究費の分配、あるいは組織の運営がどうして生じるのか。結局のところ、審査や運営にあたる個々人としての研究者の意識、倫理観、知識の問題に帰すると思われます。例えば、なぜConflicts of Interestsが排除できないのか。Conflicts of Interestsがあると感じたら、自ら身を引くというような行動はとれないものか。審査や運営にあたって、重要な情報が、事前にリーダーシップを取るべき研究者のみに独占され、既得権益の確保や自らへの利益誘導に活用されてしまうのは何故なのか。学校教育法改正で法的根拠がなくなった講座制やそれを想起させるような人事が、依然として主要な研究機関で実施されているのはなぜなのか。

このようなことを考慮して清く正しく活動できるリーダーシップを積極的に高く評価すること(評価の評価)、そのためにリーダーシップを発揮するような研究者を研修などで人格面まで含めて再教育することで意識を向上させたり、Conflicts of Interestsの排除というようなコンプライアンスに関わる知識を持たせること、更には違反者には罰則の制度を作る必要があるのではないか、ということです。Conflicts of Interestsを排除するような厳密な方針が必要ではないのか。利己利益を優先する行動をとったリーダーシップを持った研究者やその結果について、懲罰が必要ではないのか。そもそも国内の研究機関、あるいは国内の科学研究においてのリーダーシップのあり方が体をなしていないのではないのか。大切なのは、このような個人のリーダーシップの意識、倫理観、知識のあり方というのを、日本の科学研究を発展させる上での最も本質的かつ深刻な中心課題として捉えていくということであると思います。
ishiki
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