わがまま科学者

米国ボストン在住の神経科学研究者のブログです。科学、教育などに関する雑多な私見、主張。1ヶ月に1度程度の更新予定。Twitter:@yamagatm3   研究者情報:https://about.me/masahito.yamagata/

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[神経科学者SNSより改変]
例えば、Aという国の産業が発展していないというネガティブな評価があったとする。こういう場合、発展していないという悪い評価をされたAという国にお金を援助する。そういうことで、その悪い評価を良い評価に変えようとするというのが常識的な考えだと思います。

それと対照的なのが、日本の研究関係、大学、研究所、研究室レベル、更には研究者レベルでもそうだと思うのです。悪い評価がつくと、それは悪くて使い物にならないので、援助を打ち切るということになる。この違いというのは、どこにあるのでしょうか。是非、よく考えてみてほしいと思うのです。

また、プロ野球チームやサッカーチームで、弱くて負けてばかりいるチームがあったとする。こういうチームを強くするにはどうしたらよいのでしょうか。。負けてばかりいるので、ダメだということで、スポンサーもなくなる。お金がないので、良い選手が他所のチームに移籍してしまう。十分なトレーニングもできない。安い食べ物ばかり食べる。試合に集中できなくなる。こういう状態ですと、士気は下がる一方で、こういうチームが強くなるとは思われません。

国立大評価委、東大・和歌山大に低評価
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO23752450R21C17A1CR8000/
「「遅れている」と評価された東大は分子細胞生物学研究所の教授らによる論文のデータの捏造(ねつぞう)や改ざんが発覚したため。和歌山大は教員の給与体系の見直しが大幅に遅れているとして「業務運営」で「遅れている」と評価された。」

ネガティブに評価された大学はどのようになるのでしょうか。

ダメだから、その駄目な部分を改善するために、お金を与えて支援するのがよいのか。
逆に、ダメだから、懲らしめるために、お金を奪って干すのがよいのか。。


また、これと別の問題として、研究不正が「発覚」すれば、低評価となる。いじめ対策に積極的に取り組んでいる学校ほど、いじめが沢山報告される。逆にいじめ対策に取り組まなければ、いじめは発覚しない。ネガティブな評価というのも、そんなに単純なものではないように思います。

ネガティブなものを低く評価し、それを罰する。あるいは、ネガティブな評価だからこそ、それを改善するために援助する。こういうのをどう考えたらよいのでしょうか。。もちろん、それぞれによって事情は違うので、一般論として論じることはできませんが、ネガティブな評価だからといって即ダメと捉えず、立ちどまって深く考えてみるという態度は大切なように思います。

[神経科学者SNSより改変]

今日、気になった記事。東大総長だった小宮山宏さんが書いた文章です。おそらく、編集者の手がかなり入っているのだと思いますが、主張したい論点は保たれているのでしょう。三菱総研の理事長、東大の元総長という立場の人の言葉として、受け止めることが大切だと思います。

なぜ日本だけ「Uber」が広がらないのか
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20171120-00023655-president-soci

引用「ただ、日本人の、制度や仕組み、「お上(かみ)」に対するメンタリティに原因があるのでは、と思い当たりました。縦割り行政や、過去に定められて今や実情に合わなくなってしまった制度や仕組みなどの「外の壁」。いわゆる岩盤規制と呼ばれるものです。もちろん、これらもよくありませんが、人にも意気地がない。これが、日本人の「内なる壁」になっているように思います。」「(MITメディアラボのJoi Ito氏の著作の)9つのプリンシプルの中に、「Disobedience over compliance (従うより不服従)」というものがあります。そこには、「言われた通りにしているだけでノーベル賞を受賞できた人はいないし、だれかの設計図に従っていただけで、ノーベル賞をもらえた人もいない」

この中で紹介されている本。私は英語のオーディオブックを実験の合間に聞きました。

9プリンシプルズ:加速する未来で勝ち残るために
伊藤 穰一 (著); ジェフ・ ハウ (著); 山形 浩生 (翻訳) 早川書房 (2017/7/6)
https://www.amazon.co.jp/dp/4152096977/

9つのプリンシプルズとは、
「権威より創発、
プッシュよりプル、
地図よりコンパス、
安全よりリスク、
従うより不服従、
理論より実践、
能力より多様性、
強さより回復力、
ものよりシステム」。

この中の「従うより不服従」という部分。私は大切なことであるとして、つねづね心がけている。ところが、日本のリーダーの多くは、逆に「不服従より従う」「媚を売る」「忖度する若手が第一」。こういうのが美徳、出世の早道としているのではないでしょうか。そして、従わないものは潰してしまえ、と、そんなことばかり考えて偉ぶっているのでしょうね。

[神経科学者SNSより]
研究者は何のために論文を発表するのか?

私の知っているある研究者は、 「出世するためだ」と答えました。したがって、その「何のために」を議論することは無意味である、ということでした。

先日紹介した野依さんの文章から。
http://www.jst.go.jp/crds/about/director-general-room/column20.html
「科学研究者は何のために論文を発表するのか。元来、精神の高揚を旨とし、実利には距離を置く学術共同体の中で、同好者たちが互いに思想、知見、意見を交換し合い、いわば自己表現する手段であった。加えて、時を経た現代では、社会が多大な公的財政支援による成果の証として論文発表を求めるためとされる。」

大学という社会装置=長谷川眞理子・総合研究大学院大学長
https://mainichi.jp/articles/20171119/ddm/002/070/049000c
「知的探求の一部からは、現在の貨幣経済の中で、経済的価値を生む可能性のあるものが出てくるだろう。それは国家の発展にも寄与するだろう。しかし、そのような経済的価値を生み出すことが、知識追求のそもそもの目的なのではない。大学が、現在の社会状況に適合した役目を付加していくことは必要だが、もともと大学という組織がなぜ出現し、なぜそれが連綿と続いてきたかの理由を知っておくことは必要だと思うのである。」

[神経科学者SNSから]
このブログの更新が滞っています。

「神経科学者SNS」の方では、毎日欠かさず日記を書くことにしているのですが、一般に公開されていないSNSの内容は、短時間に気軽に書いているため、文章がいい加減で、外に見せることができない。更に、時に、意図的にあまりに過激な内容を含んでいるので、やばいということもあります。
神経科学者SNSは、こちらです。新規会員になるのには、どういう手続きがあるのか、不明です。
https://neurosci-sns.neuroinf.jp

しかし、時々、少し外に出してもよいのではないか、というような内容もありますので、これから少しずつ、ちょっと編集した後で、こちらでも公開していきたいと思います。内容は、断片的でまとまったものではないと思いますが、日々の議論のネタにしていただければと思います。

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先日見かけたのですが、今日、また目にして気になったプレスリリース。これは、国内に3つある指定国立大学法人の一つ、東北大学のプレスリリースです。

"女性脳"と"男性脳"を切り替えるスイッチ遺伝子を発見−ショウジョウバエでの研究成果− プレスリリース 掲載日:2017.11.15
東北大学
https://research-er.jp/articles/view/64980

これを見て、これは危険なプレスリリースだと感じたのは、私だけではないようです。

サイエンスコミュニケーションでは、喩え、擬人化というのは、非常に注意して行うべきであると、英語圏のガイドラインでは言われている。また、研究材料がヒトでない動物実験の場合は、それが動物実験ではない、と誤解しないようにということになっている。これは、まさに、そういう喩え、擬人化だと思うのです。。

しかも、こういうのが非常に微妙な議論を呼び起こしやすい内容だけに、避けるべき書き方であると思います。どうでしょうか?

[神経科学者SNSより]

今日は、たまたまなのでしょうが、2人のノーベル賞受賞者の意見を見かけました。

「50年の研究生活から想う基礎科学研究」−大隅基礎科学創成財団主催の財団創設記念セミナー(10月18日)での講演から
東京工業大学栄誉教授・大隅基礎科学創成財団理事長 大隅良典 氏

http://scienceportal.jst.go.jp/columns/highlight/20171108_01.html


野依良治の視点
(20)高級ブランド科学誌への「信仰」

http://www.jst.go.jp/crds/about/director-general-room/column20.html

大隅さん
「今の時代だったら多分キックアウトされていたに違いないと思います。「なぜ今の時代はそういうこと(研究の仕方)を許さないのだろうか」ということが私の現在の問題意識になっています。基礎研究というか科学の原点は、非常に自由な発想がどのくらい許されるかということがたいへん大事です。科学の発展というのはほとんど予測不可能です。」

これが、問題意識になっている。その答えというのは、何なのでしょうね。

文科省が許さない。では、文科省が許さないのは、なぜなのか。官僚が許さない。財務省の官僚が許さない。なぜでしょうか。そこには、御用学者の忖度、それが批判できない熟年研究者(東大教授など)、それに忖度する中堅研究者の存在など。。国民がそうして欲しいという。では、それが間違いであると、説得できないのは誰であるのか。

こういう問題意識があるのはよいのですが、「なぜか」ということの本質を考えて、それを解決しないかぎり、解決しないのではないでしょうか。

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