わがまま科学者

米国ボストン在住の神経科学研究者のブログです。科学、教育などに関する雑多な私見、主張。1ヶ月に1度程度の更新予定。 こちらのサイトに移動中です:http://wagamamakagakusha.hatenablog.com  Twitter:@yamagatm3   研究者情報:https://about.me/masahito.yamagata/


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MITがAI研究に全力、学部横断で新技術開発へ
https://www.technologyreview.jp/nl/mit-wants-to-build-an-ai-thats-as-smart-as-a-child/
http://iq.mit.edu

米国の大学というのは、学内の共同研究プロジェクトにお金を出して支援することが非常に多いと思います。日本の大学にも、こういうのはあると思うのですが、あまり盛んではないし、あっても何か見かけだけで、本気でやっていないでのではないか、と感じるのです。大きな研究プロジェクトでも、目立ちたい個々の研究者に焦点を当てるような支援はあっても、積極的に共同研究を推進するというタイプの支援はあまりないような印象です。

私は、日本の大学を変える起爆剤として、共同研究を推進するための学内イニシアティブにお金を出すことが大切ではないか、と考えます。それは、学際的な共同研究するということだけでなく、その過程を通じて、学内の「雰囲気」や「政治」を変化させることに役立つことになるのではないか、と思うからです。今回は、特に、以下の3つのタイプの共同研究の大切さについて考えてみたいと思います。

同じ学科の教授同士の共同研究
隣のラボ同士で共同研究していますか?
隣のラボとの共同研究論文を発表したことがありますか?
同じ建物の別のラボで気軽に共同研究できるという雰囲気がありますか?


隣のラボ同士の共同研究といっても、同じ講座の教授と准教授、助教とか、ではなくて、全く独立した関係にあるラボの教授同士の共同研究のことです。例えば、動物の研究しているラボが、細菌の研究しているラボと共同研究する。脳のことを研究しているふだんはライバルラボ同士が共同研究する。こういうタイプの共同研究を推進するべきだと思います。

日本の大学の場合、大学院生同士は仲がよい。ところが、教授同士は仲が悪いということがありませんか?ずっと前ですが、私の場合、教授から、隣のラボと研究の話をするな、と言われたことがありました。すごくラボ同士、講座同士の壁が高いと思います。共同研究した場合、試薬はどちらのラボが支払うのかで、もめたりするので、面倒な共同研究は最初からやらない。教授は自分で取った研究費で買った機器を、他所のラボの研究には絶対使わせない。そして、機器は誰も使っていない。ラボが違うと機器の貸し借りができない雰囲気ってありませんか。こういうのをやっていくと、コアファシリティみたいなものを作ろうという気運もでてくるかもしれません。

最近は、日本でも、米国の研究大学でよくあるラボ運営の真似をして、複数のラボ単位を同じ大部屋に入れるというような試みもあると思います。ところが、同じ部屋に入れると、逆に壁を作りたくなることもあるので注意が必要だと思います。私の場合、大きな部屋に入れられると、気が散って集中できなくなるので、逆に他の人と話したくなくなるという傾向がでてきてしまうのです。話を聞いてみると、日本人の特徴として、こういう傾向があるのではないか。外国で流行っているからといって、必ずしも日本人向きではないのかもしれません。
       books

同じ学部の違う学科の教授同士の共同研究
わりと近い学問領域で違う学科の教授のラボが共同研究する。例えば、生物学科と数学科の教授が共同研究する。これは、もっとやるべきです。

日本の大学の場合、こういうのが、何か学内の「政治」みたいなことに結びつきやすくて、非常にやりにくいということがありませんか?これが問題だと思います。学内の政治が気になって、共同研究ができない。日本の大学の悪い雰囲気だと思います(教授会に政治力があるからでしょうか。教授会が力を失えばこれはなくなってくるはずです)。こういう学内政治って何なのでしょうか?こういうのを崩壊させるためにも、アンチ政治的な共同研究というのは推進するべきなのだと思います。
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同じ大学の違う学部の教授同士の共同研究
医学部と工学部の教授が本気で共同研究する。農学部と薬学部の教授が本気で共同研究する。文学部と理学部の教授が本気で共同研究する。

この「本気」というのが大切なのです。日本の場合、共同研究をやっているような雰囲気や書類をつくって、あたかも共同研究に見せかける偽装をするというのがよくあります。報告書作りのために、ギフトオーサーみたいな感じで、論文に名前を入れるだけ。こういうのではなくて、「本気」で共同研究を行う必要があるのではないでしょうか。

こういう共同研究では、異なるディシプリン同士が全く対等な立場であることが大切です。一方のディシプリンが偉ぶった態度を取ったりしない、ということでしょう。学術的にこのディシプリンの方が偉いんだ、という態度を取るのではなく、本気で共同研究する。大切だと思います。
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科研費などの一部では、違う大学の教授同士の共同研究というのを促していると思うのですが、これも学際的研究を進める一つの方法ではあります。しかし、こういうのが全国規模での排他的な既得権益みたいなものに進化したりする。そして、大学内の雰囲気改善には、全く役立たないでしょう。必要なのは、もっと戦略的な大学間の共同研究ということだと思うのですが。。

また、最近は、日本の研究の存在感を向上させるために、国際的な共同研究が必要だと言う。Skypeで、海外のラボといつもつながることができる時代です。まず、その前に、身近なところから、共同研究を始めることが大切だと思います。

まとめると、日本の大学の学長や執行部は、個々のラボや教授に対して金銭的な支援をするというのではなく、学内の様々な形の共同研究を推進するための支援、共同研究を阻害しているバリアの除去にもっと力を入れるべきではないでしょうか。

金やポストがないと、人々の心はすさび、裏でコソコソと、金やポストを奪う策略を考えたりして、人々や部局の間に陰険で陰湿な関係ができたりする。そういう時だからこそ、共同研究が大切だと思います。繰り返しますが、金を取るために偽装するというのはダメで、本気でやらないと意味がないです。

私が書いている複数のブログを、統一的に管理するため、別サイトの方に引っ越ししていくこととしました。

livedoorを利用している本ブログは、当分、そのままにして更新も続けていきますが、元サイトは以下に変更になります(内容は同一のものです)。

わがまま科学者(元祖版)
科学、教育などに関する雑多な私見、主張
http://wagamamakagakusha.hatenablog.com


わがまま科学者日記(純粋に科学のお話をしたい)
科学の話題が中心
http://masahito-yamagata.hatenablog.com

わがまま科学者の英語講座(科学系の英語だけでなく、広く「英語」についての話題)
日常生活や論文執筆などに役立つ英語の勉強
http://bioenglish.hatenablog.com

なお、Twitterのハッシュタグで新しいブログ記事をお知らせします。
https://twitter.com/hashtag/わがまま科学者?src=hash

前回は、「バイオ系プレプリントサーバを利用してみた(その1)」として、バイオ系プレプリントの最近の状況について説明してみました。

今回、たまたま論文原稿ができましたので、私のボスと相談して利用してみました。ボスは、科学論文では、Cell, Neuron, JCBなど多くの雑誌のエディトリアルボードを歴任するなど、科学研究の論文発表について一言ある人です。また、所属している学科自体が、eLifeなどの進歩的な編集ポリシーをもった雑誌の発展に積極的に関与するなど、こういうものに敏感なのです。しかし、ラボとしては、bioRxivの利用は初めてということになります。

さて、今回の論文は、副業みたいなもので、私のメインプロジェクトではないのですが、総合科学誌Proc Natl Acad Sci USA(PNAS)に投稿することにしました。ボスが全米アカデミーの会員なので、いわゆるContributedというカテゴリーの論文にすることができるということもありました。PNASのアカデミー会員によるContributed論文は、きちんと査読はやっていますが、査読者を投稿者である会員が指定できるということがあります。従って、査読者が迅速に決まり、建設的な査読が期待できるというメリットがあると思います(多くのジャーナルは、適切な査読者を探して決めるのに、非常に時間をかけている、という実情がある)。ちなみに、今回の論文は査読も終わり無事アクセプトされています。
isogashii_hakui_man

準備
最初に、正式に投稿を考えている査読雑誌が、プレプリントをどう考えているのか、ということを知る必要があります。最近のプレプリント運動で、Cellなどを含め、ほとんどのバイオ系の雑誌でプレプリントにポストすることを認めるようになってきていますが、雑誌それぞれについて、どうなっているのか、確認することが必須です。このWikipediaのページに一覧表がありますが、その後、変更になっているかもしれませんし、間違いもあるかもしれないので、雑誌の公式サイトでしっかりと確認するべきでしょう。
https://en.wikipedia.org/wiki/List_of_academic_journals_by_preprint_policy

プレプリントサーバへの投稿は、雑誌への正式な投稿と同時というケースが多いと思います。eLife, PloS系の雑誌、JCB, Development, PNASなどの場合は、雑誌投稿とプレプリントサーバへの投稿が連動していて、雑誌に投稿した時に、そのままプレプリントサーバーにポストされるというシステムを持つものがあります。この場合は、投稿時に、どこかのステップで選択する項目があるはずです。

そうではない場合、あるいは雑誌投稿システムとは独立してプレプリントサーバーに出したい場合、まず、bioRxiv用にPdfファイルを1つ作るということをする必要があるということです。もちろん、ジャーナルに投稿したもの、これから投稿するPdfを、そのままアップロードしても構いません。ただ、bioRxivにポストされた原稿をよく見ていくと、次の3つのタイプの原稿があるようです。

1)投稿と全く同じpdfの場合。これは、雑誌とサーバーが連携している場合はこうなるでしょう。また、雑誌の連携投稿システムを利用しなくても、全く同じものを投稿することもあると思います。

2)投稿とほとんど同じであるが、少しだけ内容を変えている場合(表紙、文献、図のフォーマットなど)。投稿原稿の場合は、行間にスペースを入れるダブルスペース形式が通常ですが、そのスペースだけを除去してシングルスペースにしたものもあると思います。意図的なのか、ミスなのか、部分的にデータを掲載していない場合もあるようです。

3)内容的には投稿と同じだが、フォーマットを最終的な印刷論文(2コラム形式)のように、更に読みやすくしている場合。


どうするのかは、本当に好みの問題であると思います。ただ、3にするためには、例えば図の配置など、少し手間がかかるので、面倒であることは確かです。また、どこに投稿しているのか、あからさまに見せたくないという場合は、2を利用することで工夫が可能であると思います。例えば、文献引用の体裁は、それぞれのジャーナルで違っていますので、それをわからないようにしておくというのは、やりたくなる人もいるのではないでしょうか。

私たちの場合は、2)にしました。表紙の部分だけbioRxiv用に作り変えました。投稿用のものの一部を削除して、pdfを作り直しただけなので、時間は要しません。

図を含む論文の場合、ファイルのサイズをどれくらいにするのか、というのも大切です。例えば、100MBを超えるようなものになると現状では扱いにくい。逆に、あまりに小さくすると、図の質が低くなってしまいます。おそらく写真や図を含むものですと、10-20MBくらいまでの1つのpdfが標準で、写真をほとんど含まないものですと数MBになると思います。bioRxivを使った経験のある方はわかると思いますが、pdfをウェブブラウザで閲覧はできても、pdfそのものをダウンロードすることは原則としてできないようになっています。

また、bioRxivはサプリメント書類なども添付できるのですが、これを利用しているプレプリント論文は現実にはあまりないように感じます。付属の図表などがある場合は、本文を含めたpdfファイルに一緒に入れておくのが簡単であると思います。ビデオなど特殊なファイルも、あまり利用されていないようですが、それも添付することは可能ではあると思います。

投稿
bioRxivを利用するためには、まずbioRxivでアカウントを作製する必要があります。これは、アカウントを作れば、自動的に返信があって、即投稿できます。また、投稿にあたっては、ORCIDの番号を予め取得しておくというのは研究者の常識としてやっておいた方がよいでしょう。

次に、原稿をアップロードします。これも、いくつかの選択項目がありますが簡単です。ただ、分野別の選択が一つしかできないようで、学際的な内容を含む論文ですと、選択に悩むかもしれません。そして、投稿のボタンを押して待つだけです。
biorxiv

公開
ボタンを押して翌朝、載せますというメールが来て、それで公開されていました。bioRxivの方では、この半日ほどの間に、剽窃や懸念される内容が含まれていないかチェックしていて、問題なければそのままポストしています。この内容チェックの判断は恣意的ですが、普通のバイオ系論文でしたらまず問題はないでしょう。それから半日ほどで、TwitterのbioRxivでも紹介されていました。公にでてしまったので、私のTweetでも紹介しました。その日には、購読しているbioRxivの電子メールAlertにも掲載されていました。つまり、翌日には完全にオープンになります。

ここで指摘しておきたいのは、アップロードしたからといって、直後に公開されるのではなくて、公開までに半日から1日要するということです(週末でしたらもっと時間がかかるのでしょうか)。つまり、bioRxivで公開されるのは、半日後になるので、査読雑誌に投稿するのと、bioRxivに投稿するのを、どちらを先にやるか、とか気にする必要はないでしょう。ただ、一般論としては、査読雑誌に投稿した後に、プレプリントをアップロードするというのが、普通なのかもしれません。

また、プレプリント情報を集めている外部サイトにも数日後にはでていました。バイオ系の場合、このPrePubMedというサイトが、そのようなサイトです。ただ、このサイト、httpsではなくて、httpになっているので、企業などの研究者の方の利用は注意した方がよさそうです。
http://www.prepubmed.org

公開後、査読後の扱い
ここで大切なのは、公開されれば、URLとしてアクセスできるようになるdoi (デジタルオブジェクト識別子)が付与されるということです。つまり、引用も可能になります。プレプリント論文が引用可能なのか、というのは雑誌によりますし、人によって議論もあるでしょうが、現実にプレプリントのdoiを引用している査読雑誌やニュース記事などを見かけます。たまたま、Nature Reviews Geneticsが、総説でプレプリントを引用するのをどう考えるのか、という意見を募集していました。まだ、議論のあるところだと思います。
https://twitter.com/NatureRevGenet/status/951786493026201600

査読が終わると、追加実験をしたり、文章を明確にするために、原稿を変更するのは常です。初稿と違うものになります。この改訂原稿をプレプリントとして、古いものと入れ替えるのか、これも投稿者の好みや都合によると思います。ほとんど変更がなければ、交換はしない。あるいは大幅に変更があったりした場合は、新しい原稿に交換するということになると思います。doiは、同じものを使って、改訂稿も管理されることになります。ただ、プレプリントはプレプリントですので、正式な査読雑誌に掲載されたpdfをそのままポストしたりすることはできません。古い原稿がそのまま残るということになります。

以上、実際に利用してみた経験から、気づいたことを書いてみました。もし、現在、投稿中の論文があったら、bioRxivにポストしてみたらどうでしょうか?
document_research_taba

2017年のSCIENCE誌「Breakthrough of the Year」の一つに、「Biology preprints take off」というものが入っていました。
http://vis.sciencemag.org/breakthrough2017/finalists/#bio-preprints

1年半ほど前に、「バイオ系のプレプリントサーバ (こちらをclick)」というブログを書いたのですが、その後、バイオ系のプレプリントというのが大きな動きとなってきたという印象を受けます。特に、コールド・スプリング・ハーバー・ラボが提供している「bioRxiv」に、査読前の興味深い論文が沢山上がるようになってきていて、研究者として、絶対無視できないということになっていると思います。

bioRxivのページ
https://www.biorxiv.org

Wikipediaの説明(日本語)
https://ja.wikipedia.org/wiki/BioRxiv

(正式な表記はbioRχivで、χはエックスではなくギリシャ文字のχ(カイ)である)ということです。

また、米国NIHがそのグラントの関連書類にプレプリントの掲載を認める、そして、バイオ系の注目財団であるChan-Zuckerbergイニシアティブ(CZI)が、bioRxivの支援をするほか、CZIの援助を受けているBiohubから発表する研究は、プレプリントの利用を必須にする、というような積極的な方針を打ち出してきたのも、大きな影響を与えていると思います。

Reporting Preprints and Other Interim Research Products March 24, 2017(NIH)
https://grants.nih.gov/node/1143

'Riskiest ideas' win $50 million from Chan Zuckerberg Biohub
http://www.nature.com/news/riskiest-ideas-win-50-million-from-chan-zuckerberg-biohub-1.21440?WT.mc_id=TWT_NatureNews

BioRxiv preprint server gets funding from Chan Zuckerberg Initiative
http://www.sciencemag.org/news/2017/04/biorxiv-preprint-server-gets-funding-chan-zuckerberg-initiative

ところが、bioRxivを見ているのですが、日本の研究者からの利用が非常に少ないという印象を受けます。この熱意の差には、いろいろな理由があるのでしょうが、基本的には日本の研究者コミュニティが保守的で新しいものの利用について、単に知識がないか、躊躇する傾向があるということなのだと思っています。

そこで、先日、Twitterのアンケート機能を利用して、こんなアンケートを取ってみました。


一般にTwitterの利用者というのは、情報技術に明るくて、進歩的な傾向があるので、例えば日本の大学にたむろしている保守的な教授達とは違うと思いますが、多くの人が利用にポジティブな意見を持つ一方で、「様子見」という立場の人も多いようです。
document_research_taba

プレプリント最大の懸念:スクープと競争
プレプリントについて、もっともよくある懸念は、いわゆる「スクープ Scooping」についての問題だと思います。これについては、バイオ系プレプリントの促進活動をしているASAPBIOのサイトのFAQでも詳しく議論されています。特に、物理学などでは、昔からよく利用されているarXivの創始者の話が興味深いです。

http://asapbio.org/preprint-info/preprint-faq#qe-faq-923
ArXiv founder Paul Ginsparg’s thoughts on scooping
"It can’t happen, since arXiv postings are accepted as date-stamped priority claims."

つまり、プレプリントは先取権を主張できると見なされている、ということです。

また、こんな記事も目にしました。
成果のオープン化でAI研究者の評価法が変わり始めた!
https://newswitch.jp/p/11608?from=np
引用
「このように学会での発表や科学誌に掲載される前に論文を公開することが当たり前になってきている。理化学研究所革新知能統合研究センターの杉山将センター長は、「AIの分野では、最先端の研究を評価できる人材が限られていることも一因」と説明する。

 技術の発達のスピードに論文の査読が追いつかないため、アイデアの先進性と公表日時を確定させるため、国際学会への投稿にあわせて論文を公開する。

 投稿から数カ月後になってようやく学会で正式に発表するころには、研究室では数段階技術が進む。「学会で発表を聞いて驚いているようだと、2周以上遅れることになりかねない」(杉山センター長)。

 さらに論文だけでなく開発したプログラムは、開発共有ウェブサービスの「GitHub」(ギットハブ)などで公開される。例え論文が良かったとしても、使えない技術は淘汰(とうた)される一方、使える技術にはユーザーが集まり、各方面への応用開発が進んでいく。」


プレプリントで早く「発見」を発表してしまえば、その発見者がプレプリントの発表時ということなら、査読を経なくても競争の勝者になれる。バイオ系以外の分野では既にそういうことになっているということです。

ただ、逆に、結果を早く報告することで、自分だけが知っているために自分だけに有利になっている情報を、早く競争相手に知らせてしまうという懸念はあるでしょう。例えば、これまでの雑誌出版ですと、結果を見るのは、雑誌に正式に掲載された時(最近ですと、ネットで公開時)でした。プレプリントですと、競争相手が早く結果を知ってしまうので、自分と同じことをやっている人がその情報に触れてしまい、それがヒントとなって競争相手に有利になる可能性があるということでしょうか。もちろん、学会などで、論文に未発表の研究を公開するのはこれまでも一般的でしたが、研究内容や状況によっては、こういうことが気になるという人もいるかもしれません。しかし、将来的にはすべてがプレプリントという社会になってしまえば、こういうことはなくなるのかもしれませんが、当面は、プレプリントとして出すのは、それに適したものということになるのでしょう。

一方で、競争より、研究コミュニティに早く知らせた方が、研究コミュニティの発展に役立つという研究内容もあるでしょう。そして、こういう他者に利益を与える善意の行動をしていれば、良心のある品位の高い研究者としての評判が高まることでしょう。

また、例えば、疾患の研究というのも、科学者の名誉などより、疾患の治療などに役立つという観点からいえば、新知見はいち早く発表するというのが倫理的であると思います(もちろん、査読がないという危険もある)。


プレプリントの利点
西川伸一先生が毎日論文を紹介しているサイトAASJでも、サイエンスの2017年ブレークスルーの記事を話題にしていて、そこに私が問題を提起したところ、artkqtarksさんという方が詳しく議論してくださっています。是非ごらんください。

http://aasj.jp/news/watch/7804
artkqtarksさんの文章より引用
「プレプリントの利点としては以下のことがあると思います:
・査読を待たずに早く研究結果を発表できること。
・数人の査読者だけでない他の研究者に研究の検証の機会を与えること。
・税金によってなされた研究でもジャーナルを購読していないと論文を読むことが難しいです。プレプリントとして発表されていれば誰でも読むことができます。」


artkqtarksさんもABC予想の例などを出して説明されていますが、研究の検証の機会というのは、例えば、こういうことでしょうか。

1)論文の論理性。理論などを発表した場合、その論理に問題がないのか、複数の人が検証できる。査読者より専門家かもしれません。あるいは、こんな理論はすでに別の人がだしているというがっかりな情報がでてくる可能性もある。

2)実験でしたら、再現性の検証ができる。もちろん、大掛かりで長期にわたるような実験をプレプリントを見てやるということはないでしょう。ただ、簡単にできる実験なら、実際にやってみて、再現ができることを確認するということがあるかもしれません。もちろん、プレプリントの全部をやるというのは、やらないでしょうが、キーとなる実験だけ、やってみる。そして、それがコミュニティで共有されれば、そのプレプリントを論文にするという方向になるでしょう。

例えば、撤回することになったSTAP論文やNgAgo(DNAオリゴでできる新しいゲノム編集の画期的ツールとして発表されたが誰も再現できなかった)のようなものが、発表前にプレプリントサーバに出たらどうなるのか。おそらく、プレプリントをみて、そのデータそのものに問題を提起する前に、そういうことが本当に起こるのか、本当に使えるのか、再現してみるという実験をやろうとする人が多数でてくることと思います。そして、結果が再現できれば、そういう評判がうわさになるでしょうし、逆に誰も再現できなければ、ゴミ論文であるといううわさが広がる。査読と同時進行で進むこういううわさが、正式な査読の経緯に何らかの影響を与えるということはありうると思います。つまり、確実な論文だけが雑誌に載るようになる可能性が高まるということです。

最近の傾向として、査読に極めて長い時間がかかる。普通の雑誌ですと、査読結果が戻ってくるまでに1ヶ月以上、そして大幅な変更が必要な場合、投稿論文を修正し再投稿し、また返事を待つのに、1ヶ月。こんなことを何回もやらなければならない場合もあります。投稿してから、半年から1年くらいかかるのが普通。こういう状態ですと、正式な査読のスピードに依存して、キャリアの決定をしなければならないとすると、無駄な時間の浪費ということになりかねません。

こういうのは、結構、問題なのです。若い人でしたら、早く次を決めたいのに、投稿論文の査読に時間がかかり、先に踏み出せない。そんなことは日常茶飯事でしょう。ところが、プレプリントを出して、それをもとに、次に踏み出せるとしたら、大きなメリットがあるはずです。結果的には、若い人達の動きや人生の決断をスピーディにすることができるということです。日本の大学の人事、研究費申請などで、プレプリントがどのように考慮されるのか、これは重要な論点であると、私は思います。もちろん、プレプリントサーバに出たものが、本当に正式の論文になるのか、という懸念はあります。人事、研究費の評価に使う場合は、(インパクトファクターが付いた発表雑誌ではなく)発表雑誌不明のプレプリントを評価しないといけないという興味深い状況が生まれることも考えられます。

そして、オープンアクセスのプレプリントは、お金を払わなくても、その論文の内容を誰でも見ることができる。これは雑誌の図書費が高騰し、運営費が少なっている昨今、大きな意義があると思います。

バイオ系プレプリントに関する議論は、下のコメント欄から自由にご投稿ください。

●次回は、実際に、最近、bioRxivにプレプリントを出してみた経験から、注意する点などを書きたいと思います(こちらです)。

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私は米国に来て長く経ちます。これまでの米国での研究生活を振り返るのも悪くなかろう、ということで初心に帰るつもりでそんな文章を書いてみました。世の中では、いわゆる「成功者」の話というのは、メディアや大学の広報など、あちこちで見かけます。ある人は本を書いたりしているでしょう。

ところが、失敗者の話というのは、ほとんど見かけることがない。あっても、断片的であるために、一体、何が問題だったのか、よくわからない。大学や文科省などは、成功者でなく、むしろ失敗者や辞めざるをえなくなった人たちが、どうしてそうなってしまったのか、という点をよく理解することで、そうならないための仕組みをつくることが大切であると思います。

私が意図しているのは、私の失敗談を単なる「個人の問題」として捉えるのではなく、そこにある「社会のあり方の問題」として考えていただければということです。そして、昔と今を比べることで、昔の問題が何だったのか?そして現在の問題が何なのか?更に、最終的に失敗者となる私がどのように失敗者となっていったのか、未来ある若い人たちに、そしてリーダーたちに考えて欲しいと思っています。

年末にかけて、私の留学記パート1(1994年まで)までの「サクセスストーリー」を書きました。これは、まだ序章に過ぎません。この続きは、いつになるかわかりませんが、この後、40回分のブログの内容があるということになります。

http://masahito-yamagata.hatenablog.com

既に、昔、人事がどのように行われていたのか、についてその利点と欠点などを考えることができるのではないでしょうか。

そして、残りの40回分の中では、例えば、こんな問題を具体例を通じて見出すことができると思います。

1. 分野や研究内容を大幅に変えた人はどのように評価するのか?誰が複数の分野を評価し処遇するのか?昔の研究は、分野を変えると「無」になってしまうのか?
この仕組みを議論しないと、分野横断的、学際的な研究が発展しません。I型人材ではなく、T型、更にはΠ(パイ)型、H型人材の重要性が叫ばれる現在の大きな問題であると思います。

2. 自分の恩師が関与できない時(高齢、死亡、面倒を見ないという性格など)、その人の面倒は誰がみるのか?大学人事の流動化で、教員がいなくなってしまう、講座がなくなってしまう時代。このような時代に、潰れたラボ出身の出身者は誰が面倒をみるのか?あるいは面倒をみないのなら、すべての研究者が平等に扱われなくてはならないでしょう。

3. 見えない講座制の論理の問題?
日本では、講座制の問題がいろいろ議論されていますが、「見えない講座制」の論理があちこちで観察されます。例えば、AさんはB先生の弟子であるというような論理です。その結果、Aさんには関係ないのに、コミュニティがB先生への昔の恨みをはらそうとしてみたり、あるいは忖度したりする。こういうことをどう考えるのかということです。

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