わがまま科学者

米国ボストン在住の神経科学研究者のブログです。科学、教育などに関する雑多な私見、主張。1ヶ月に1度程度の更新予定。Twitter:@yamagatm3   研究者情報:https://about.me/masahito.yamagata/

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[神経科学者SNSより]
研究者は何のために論文を発表するのか?

私の知っているある研究者は、 「出世するためだ」と答えました。したがって、その「何のために」を議論することは無意味である、ということでした。

先日紹介した野依さんの文章から。
http://www.jst.go.jp/crds/about/director-general-room/column20.html
「科学研究者は何のために論文を発表するのか。元来、精神の高揚を旨とし、実利には距離を置く学術共同体の中で、同好者たちが互いに思想、知見、意見を交換し合い、いわば自己表現する手段であった。加えて、時を経た現代では、社会が多大な公的財政支援による成果の証として論文発表を求めるためとされる。」

大学という社会装置=長谷川眞理子・総合研究大学院大学長
https://mainichi.jp/articles/20171119/ddm/002/070/049000c
「知的探求の一部からは、現在の貨幣経済の中で、経済的価値を生む可能性のあるものが出てくるだろう。それは国家の発展にも寄与するだろう。しかし、そのような経済的価値を生み出すことが、知識追求のそもそもの目的なのではない。大学が、現在の社会状況に適合した役目を付加していくことは必要だが、もともと大学という組織がなぜ出現し、なぜそれが連綿と続いてきたかの理由を知っておくことは必要だと思うのである。」

[神経科学者SNSから]
このブログの更新が滞っています。

「神経科学者SNS」の方では、毎日欠かさず日記を書くことにしているのですが、一般に公開されていないSNSの内容は、短時間に気軽に書いているため、文章がいい加減で、外に見せることができない。更に、時に、意図的にあまりに過激な内容を含んでいるので、やばいということもあります。
神経科学者SNSは、こちらです。新規会員になるのには、どういう手続きがあるのか、不明です。
https://neurosci-sns.neuroinf.jp

しかし、時々、少し外に出してもよいのではないか、というような内容もありますので、これから少しずつ、ちょっと編集した後で、こちらでも公開していきたいと思います。内容は、断片的でまとまったものではないと思いますが、日々の議論のネタにしていただければと思います。

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先日見かけたのですが、今日、また目にして気になったプレスリリース。これは、国内に3つある指定国立大学法人の一つ、東北大学のプレスリリースです。

"女性脳"と"男性脳"を切り替えるスイッチ遺伝子を発見−ショウジョウバエでの研究成果− プレスリリース 掲載日:2017.11.15
東北大学
https://research-er.jp/articles/view/64980

これを見て、これは危険なプレスリリースだと感じたのは、私だけではないようです。

サイエンスコミュニケーションでは、喩え、擬人化というのは、非常に注意して行うべきであると、英語圏のガイドラインでは言われている。また、研究材料がヒトでない動物実験の場合は、それが動物実験ではない、と誤解しないようにということになっている。これは、まさに、そういう喩え、擬人化だと思うのです。。

しかも、こういうのが非常に微妙な議論を呼び起こしやすい内容だけに、避けるべき書き方であると思います。どうでしょうか?

[神経科学者SNSより]

今日は、たまたまなのでしょうが、2人のノーベル賞受賞者の意見を見かけました。

「50年の研究生活から想う基礎科学研究」−大隅基礎科学創成財団主催の財団創設記念セミナー(10月18日)での講演から
東京工業大学栄誉教授・大隅基礎科学創成財団理事長 大隅良典 氏

http://scienceportal.jst.go.jp/columns/highlight/20171108_01.html


野依良治の視点
(20)高級ブランド科学誌への「信仰」

http://www.jst.go.jp/crds/about/director-general-room/column20.html

大隅さん
「今の時代だったら多分キックアウトされていたに違いないと思います。「なぜ今の時代はそういうこと(研究の仕方)を許さないのだろうか」ということが私の現在の問題意識になっています。基礎研究というか科学の原点は、非常に自由な発想がどのくらい許されるかということがたいへん大事です。科学の発展というのはほとんど予測不可能です。」

これが、問題意識になっている。その答えというのは、何なのでしょうね。

文科省が許さない。では、文科省が許さないのは、なぜなのか。官僚が許さない。財務省の官僚が許さない。なぜでしょうか。そこには、御用学者の忖度、それが批判できない熟年研究者(東大教授など)、それに忖度する中堅研究者の存在など。。国民がそうして欲しいという。では、それが間違いであると、説得できないのは誰であるのか。

こういう問題意識があるのはよいのですが、「なぜか」ということの本質を考えて、それを解決しないかぎり、解決しないのではないでしょうか。

[神経科学者SNSから]

ブランダイス大学のEve Marderさんの記事。SfNの元会長であるMarderさんは、eLifeのエディターの一人なのですが、その関係で、eLifeにエッセイみたいな文章をシリーズで書いておられる。これはそれを一覧にして、まとめたようなページです。

Neuroscientist Eve Marder’s advice to aspiring scientists
https://www.brandeis.edu/now/2017/september/marder-advice-career.html

いろいろ考える材料として、若い人たちが、時間のある時に読むとよいと思いました。
しかし、近頃の日本では、これと逆のことをやることが推奨されているような気がします。

今年のブランダイス大学は、ブランダイス大学で行われた研究でノーベル生理学・医学賞がでて、Marderさんもその祝賀セレモニーで挨拶をされていました。

[神経科学者SNSより]
昨日見かけた記事。神経科学者、小泉周さんらの研究チームについての記事です。

文科省の科研費チーム、大学の研究力を「厚み」で評価する新指標−中間層の論文に着目
https://newswitch.jp/p/11050

この文科省のページの資料4.1などにもう少し詳しくでています。
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu4/041/shiryo/1398190.htm

こういう違う評価の方法、特に目立たない部分に光を当てるようなものは大切であると思うのです。

しかし、日本の一部の指導的研究者や官僚には、やはりこういうのが、二流のもの、やや劣った人達が、自分たちを正当化するために、作っているのだという考えがあるのではないでしょうか。実は、それの方が潜在的に問題を歪めている原因になっているのではないかと、思うのです。

例えば、インパクトファクターに関する議論でも、Nature, Science, Cellなどに論文を出せなかった人達が、自分たちを正当化するために、言っているのだという捉え方がある。

逆に、世界大学ランキングが壊滅的である日本の大学。逆に、こういう時になると、そんなものは意味がない、という趣旨の反論、言い訳をして、自分たちをかばう。。

この潜在的な心の問題をまず矯正しないと、こういう問題は解決しないと私は思うのですが。。結局は、リーダーの「傲慢さ」あるいは「劣化」ということだと思うのです。

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